Life is beautifull!!!!!
またしても1年が終わろうとしている。
時間とは『無情なほどに全てを洗い流してくれる』、という歌詞への共感度もまた、年々高まっている。
人生は終わりなき旅なのだ。
さて、
年末になると、実家の片隅で一年を振り返る人間を見かけることがあると思う。
僕も例に違わず、一年前に2020年を振り返る記事を書いていた。
買ってよかったものが相当数あって大変手間のかかる記事になってしまったのを懐かしく思い出す。
ベストバイ(BEST BUY)系の記事は、読んでいて面白く、結構参考にするので好きなのだが、近年は記事の供給過多が続いており、需給バランスが破綻しているようにも思う。
俗に言う”レッドオーシャン”と化している。
であるならば、少し毛色を変えて今年を振り返ることを考えたい。
そう、そして、今年の僕を端的に表現するには最適な、「失ってしまったもの」を軸に今年を振り返ろうと思い至ったのである。
僕の好きな言葉のひとつにこんな言葉がある。
「成功はアート、失敗はサイエンス」
要すると、成功体験に再現性はないが、失敗には再現性がある。だから、過去や他者の失敗から学ぶことは、これから生きていく人にとても役立つものになるのだ。
そう考えると、「今年手に入れてよかったもの」よりも「今年失ってしまったもの」から学ぶことが多いはずだろう…。
いつものごとく前置きが長くなり恐縮だが、本題に入っていこう。
”プロパー社員”という肩書き
プロパー(proper)社員とは、新卒で入社した生え抜きの社員のことを指す。
つまり、僕は人生初めての転職をしたのだ。
プロフィールに書いてあるとおり、都市計画の仕事をするそこそこの会社に約3年在籍していたのだが、業務への物足りなさや技術的な不安などが相まって、一度会社を出てみようという決断に至った。
在籍していた3年間は一度も会社に行くのが憂鬱だと思ったこともなく、お金も十分もらえて、業界にしては珍しくホワイトで、社会的なやりがいもまあまああって、一緒に働く人も良い人ばかりで、、、という環境ではあったものの、このまま安定して定年まで仕事をして死に向かっていくんだろうなというのが薄ぼんやり見えてくると、ちょっと退屈な気もしてしまったのだ。
要すると、若かったのだ。
技術的なことを身につけたいと思い、小さな建築設計事務所に転職するに至ったのだった。
”airpods”という相棒
転職に伴って、仙台から東京に帰ってきた。
東京生まれ東京育ちだけあって、やっぱり東京は友だちと会う機会も多くてよい。
友人との飲み、登山、オリンピック観戦などなどなかなかに良い夏だった。
そして、登山に行った際に、airpodsを紛失してしまった。
僕のairpodsといえば、本ブログ屈指の人気記事、奇跡の復活を果たしたことを以前紹介したやつだ。
紛失してしまえば、もう復活することもない。ジーザス!
登山で使用するわけでもないのに、持っていってしまったことを反省。
登山は、いろんな荷物を一つのかばんに詰め込むので、小さな荷物に意識が行き届かなくて、紛失してしまった。
大切なものは登山には持っていかないことが重要かもしれない。
一方で、新しく始まった仕事の方は……
一日目でなんだか妙な異変を察することとなった....
”職”
急展開に読者の方はついてこれているだろうか。
失ったものは、まぎれもない、「職」である。
”プロパー社員”という肩書きを失った人間が、同じ年に職を失うとは一体どういうことなのだろう。
その謎を探るべく我々はアマゾンの奥地へ足を踏み入れた。
いや、正確には踏み入れたかった。
新型コロナが猛威を振るう世界では、アマゾンの奥地にたどり着くこと、いや、日本を出ることさえままならなかったのだ。
ただ冷静に考えてほしい。
この謎を難しく捉える必要はさらさらない。
なぜなら、
転職した人間が転職先の会社を短期間で辞めただけだからだ。
「なーんだ、簡単じゃんっ!」
という一昔前に流行したセリフが脳内を流れただろうか。
長らくふざけた文章に手が踊ってしまったが、話を戻すと、単純に無職になったのだ。
転職した会社を数ヶ月働いてみた結果、理由の明言は避けるが、社長との価値観における折り合いがつかなかったところにより退職することとした。
日本は人口減少が進んでいると言うけど、まだまだ約1.26億人もの人がいる。
世の中には本当にいろんな人間がいるのだ。
いい社会勉強になった。
こうして、早くも3つ目の肩書きを背負って生きていくことになった。
”Oh My Glasses”という眼鏡
職を失ってからは、家族、大学時代の友人や先輩、過去にアルバイトでお世話になった方など、本当に多くの方に励ましてもらったり、相談に乗ってもらったりした。
手始めに転職活動をするりと始めながら、出願だけしていて全然勉強時間を取れてなかった一級建築士製図試験に取り組むことにした。
生活リズムとなる試験勉強があったのは、とてもありがたかった。
無職期間中にも一度山を登った。後にも先にも唯一の娯楽となった。
しかも初めてのテント泊。
人生に迷っていたから山がなにかヒントを教えてくれると少し期待して行ったが、夜は高山病にやられてテントでうずくまっていた。泣きっ面に蜂とはこのことよ。
一晩中眠ったおかげで、翌朝はだいぶ体調もよくなった。
下山を始めようとするときに、眼鏡からコンタクトレンズに変えるのに忘れていたので、すぐにその場でコンタクトを装着した。
このとき、外した眼鏡を邪魔だなと思ったことは覚えている。
リュックに入れると潰れるからと、かばんの外にかけたような気もする。
社会人1年目に、奮発して買ったOh My Glassesの3万円の眼鏡とは永遠のお別れとなった。
この経験を経て学んだことは、自分は何か一つのことに集中すると他の大事なものを大事であると認識するのを忘れてしまう傾向にある。
それは、目の前のことに集中しがちな熱い奴というわけではなく、人に合わせて行動しようとする結果自分を蔑ろにしてしまうだけなのだとも思う。
インドパスポート紛失事件から変わっていないのだ。
"一級建築士受験生"という肩書き
無職期間は、将来への不安を抱え、一日中ベッドの上でもんもんと悩む日々もあれば、人や企業に会いに行って自ら恥をかく日もあった。
ただただ悩むのは無駄なことで、行動することでしか前進しないということも学んだ。
その後無事に内定をいただいて、12月から今年3つ目の会社で働いている。
今の会社では、設計事務所の中で都市をつくる人間として働いている。
色々あったけど、もとの道に戻ることにした。
散々な一年だったが、最後の最後に、クリスマスイブにサンタさんから最高のプレゼントがやってきた。
一級建築士試験合格の通知である。
この日までにそのほとんどを失っていた自分への信頼が、最後の最後でプラマイゼロに戻ったのだった。
そして、このプラマイゼロは、ぼくにとってむしろプラスだった。
自分をもう少し信じてみてもいいんだと思えたから。
今年失ったものを振り返って
今年は3つの会社に在籍する稀有な年となった。
そして、本当にいろいろなものを失った。
しかし、失った分新たなものが手に入ることもまた事実。
一度立ち止まって見えてくるものは、意外にも多い。
これまでは真っ赤な炎を燃やしていたが、謙虚になった今、青い炎を小さくてもじっくり絶やさず燃やしていきたいと思う。
最後に、無職期間に山へ行く際に、「人生に迷っていたから山がなにかヒントを教えてくれると少し期待して行った」と書いたが、山は当然何も教えてくれなかった。それでも、行きの車内で流れていた友人のapplemusicのシャッフルから聞こえてきた、ずっと胸に残っている一節を最後に共有して終わりたい。
「幸せは『作るもの』じゃなくて、『気づく』もの。」
それでは、みなさん良いお年を〜!