インドろぐ18 〜哀しいかな、もうインドの匂いだけで吐き気がする〜
あちゃー
デリーへ帰る夜行列車は一階席、そして進行方向に身体が前を向く席だった。
運がいい。
早速、ベッドメイキングをして、バックパックを南京錠で固定する。
最初のうちは、座った状態で過ごす。
せっかく購入したバナナを食べようかと思ったが、それでまたお腹痛くなったり、便意が出てきても面倒なので、食べるのをやめる。
インドでは、SIMカードも買っていないので、スマホは使えない。
すると本当にやることがない。
明日デリーについてからのシミュレーションを頭の中でするくらいだ。
30分も乗っていると、気持ち悪くなってくる。
その原因は、夜行列車の車内の匂いだ。
別に、特別くさいわけじゃない。
ただ、この匂いを嗅ぐことで、行きの夜行列車の思い出が鮮明に頭の中を駆け巡る。それは、僕の体内も駆け巡る。もちろん、お腹の中も例外ではない。
匂いによって吐き気がする。
これは辛い……。
列車はまだ走り始めたばかりだ。
19:40発、翌朝8:10分着。約半日の行程だ。
ここで役に立ったのが、バナナだ。
バナナ4本の入った袋で鼻を覆うと、バナナの匂いで満たされる。
こうしていると、車内の匂いが和らぐのだ。
まさに、ガスマスクとしてのバナナ。
画期的な対処法だった。
それでも、ずっとそうしているわけにもいかない。
何より手が疲れるし、集中力もいる。
便意も出てきたので、早速1回目のトイレへ行く。
もちろんかばんは携行する。
この車両は、洋式のトイレだった。
下痢を済ませると、吐き気が襲ってきた。
我慢できるような吐き気ではなく、戻した。
吐いたのは、行きの夜行列車ぶりで、久々だったからびっくりした。
まだ、吐き気は治ってなかったのか。
スッキリして、席に戻る。
向かいの席のインド人二人の男女、40-50歳くらいだろうか、二人は仲良くおしゃべりをしていた。
そんなしゃべることある???と疑問を持つくらいには、長い間話が尽きない。
ただ、はしゃいでいるわけでもなく、淡々と話す二人。
こっちは体調を落ち着かせたいから早く寝てくれと思っていたが、長話は永遠に続いた。
途中、女性の方の携帯に電話がかかってくる。
女性は、「はろ」から始まり、「あちゃー」「あちゃー」「あちゃー」とうなずく。
「はろ」と「あちゃー」しか聞き取れないから、そればかり耳に入ってくる。
女性の「あちゃー」の言い方は、どこか気だるそうで、全部同じような発音、テンションで返すから、聞いていてめっちゃ耳に残る。
なぜか、「あちゃー」と聞くたびに、だんだん気持ち悪くなってきた。
何が、「あちゃー」だよ。なんか失敗したのか?
こちらも車内の匂いと戦うことで精一杯で、少し心が乱れていた。
嗅覚と聴覚で僕は衰弱していく。
仕方ないので、横になって眠ることにした。
夜中2時頃に目がさめる。
やはり振動は大きい、インドの列車。
「あちゃー」の女性も、その話し相手のおじさんももう寝床についていて、車内は真っ暗だった。
便意と吐き気があることに気づく。
冷静に、静かに、靴を履き、カーテンを開け、トイレに向かう。
また吐いた。
落ち着いたら席に戻る。横になるとまた気持ち悪くなりそうなので、座った状態で休む。
はー、日本に帰りたい。
この夜行列車さえ乗り切れば、帰れるぞ。
自分を励ます。
また眠くなってきたら、横になることにして眠りについた。
目覚めると、車内は明るくなってた。
夜は明けていた。
随分寝れたみたいだ。
吐き気もない。
ゆっくり体を起こして、座った状態で外の景色を眺める。
列車は遅れるのが普通ということを行きの列車で学んだから、今回も期待はしない。
まだまだデリーは先だ、と自分に言い聞かせる。油断はしない。
食欲があったので、バナナを1本食べる。
ゆっくり揺られる電車。
スマホを手に取り、グーグルマップを起動する。
位置情報を拾ってくれない。
再び車窓から外を眺めてゆっくり休む。
時間は朝の6:30。
もう一度グーグルマップを見ると、位置情報を拾った。
現在地を見ると、デリーのすぐ近く。
全然遅れてなさそうだ。よかった。
デリー駅に近づくと、列車はスピードを落としてのろのろと進む。
反対に、僕の吐き気は、ここでスピードをあげてくる。
もうすぐ着くから、今のうちにトイレに行こう。
3度目の嘔吐。
嘔吐完全復活。悪夢である。
そして、デリー駅に到着。
なんと、定刻より早くついた。7:50頃だっただろうか。
そして、ここから本当の戦いが始まる。
渡航書を無事獲得すべく、青年は3度目のデリー駅を足早に駆けた。