ゆるろぐ -Urbanisme Log-

建築、都市を学び、生業とするわたしのことだま。

2018年プリツカー賞:インド人建築家DOSHI 〜スイス人のおばあさんに教えてもらった〜

D, O, S, H, I, ,,,,,. His name is Doshi.

 

今日の朝、Facebookを見ていると、2018年のプリツカー賞受賞の速報が流れていた。

インド人建築家のBalkrishna Vithaldas Doshiである。

 

正直驚いた。

なぜならば、1週間前、インドに行った時に聞いた名前だったからだ。

 

僕は、都市計画を専攻している。

だからこそ、今回のインド旅行では、チャンディーガル/Chandigarhというまちを訪れた。

 

 

チャンディーガルは、デリーから北に約250km離れた場所にある。

 

チャンディーガルは、1953年にできた新しい都市であり、そのまちの都市計画は、近代建築の3大巨匠の一人である、スイス生まれの建築家であるル・コルビジェ/Le Corbusierによって行われた。

 

チャンディーガルは、コルビジェにより計画されたグリッド上の都市であり、それぞれのブロックは「セクター」+「数字」で名付けられている。人間のスケールを大きく超えた都市である。

 

そして、行政施設などの重要な公共施設の設計もコルビジェが行っており、コルビジェの建築を見学するために世界中から観光客が訪れる観光都市ともなっている。

 

コルビジェの建築が多く集まる場所は、都市の北側のセクター1である。そこでは、毎日建築の見学ツアーが行われており、僕もまたそのツアーに参加した一人だ。

 

世界遺産に登録されたコルビジェの建築群

キャピトルコンプレックス/Capitol Complex

 

その日は、僕以外に、オーストラリアから来ているおばさん二人と、スイスから一人旅でインドを1ヶ月かけて周遊しているというスイス人のおばあさんがツアーに参加していた。

 

少人数のため、なんとなく一緒に話す機会も多かった。

スイス人のおばあさんとは、一人旅同士ということもあり、よく話した。

 

"Are you an architect?"

 

それが、最初に交わした言葉である。

 

"No, I'm student studying architecture and urban design."

"Oh, you will be."

 

スイス人のおばあさんには、僕が建築家に見えたみたいだが、残念ながらそうではない。ただの学生である。

ただ、この後の微笑みながら、you will beと言われて、僕は嬉しかった。

建築家になったら、このおばあさんに報告したいなと。いや、このおばあさんの耳に入るくらいの建築家になれたらなあと、心の中でウキウキしながら考えた。

 

その後、お互いにどういう目的で来ているか、期間、訪れた場所などを話し合った。

 

一応、スイス人のおばあさんにも聞いてみた。

 

"Are you an architect?"

 

答えは、Noだった。

 

ただ、建築を見るのが好きらしい。

 

チャンディーガルにくる前には、アーメダバードへ行ってきたと。

 

アーメダバード/Ahmadabad

これは、インド西部の都市である。

ル・コルビジェを語る際に、出てくる都市の名前だ。

 

正直、僕もよく知らないが、コルビジェやルイスカーン/Louis Isadore Kahn(こちらも著名な建築家である)の建築があるらしい。

 

おばあさんは、そこでいろいろな建築を見てきた。

そして、一番好きな建築家は、「ドーシィ」だと言った。

 

「ドーシィ」

 

僕は、聞いたこともない建築家だったので、何度も確認した。

 

D.O.S.H.I

 

ご丁寧にスペルまで教えてくれた。

 

どうやら、インド人の建築家でとても有名な建築家であると。

 

おばあさんは、訪れた建築のスケッチを見せてくれた。

決して上手くはないが、スケッチをするおばあさんに心惹かれた。

 

そうか、僕は知らないけど、調べてみる。とだけ言って、会話を終えた。

 

そして、その後の壮絶なインド旅を終えて、僕の人生は少しだけ進む方向が狂わされた(これについては、「インドろぐ」に詳しい)

 

urlog.hatenablog.jp

 

 

 

そして、今朝、ベッドの中で、自分の抜け殻のように暖かい布団にくるまりながら紫色のページを見ていると、そこには見たことあるスペルが、文字の流れの中から僕の目に止まった。

 

Doshiがプリツカー賞をとった。

 

一体彼は、どんな建築家なんだろう。

 

そんなことを調べる前に、こんな記事を書きたくなったのだ。

 

不思議な日である。