インドろぐ8 〜日本人はアジアの屋台で飯を食って大丈夫なのか〜
裏で食ってけ!
僕は、幸運にもローズ祭なるものが開催している期間にチャンディーガルを訪れた。
何を祝っている祭りなのかは定かではないが、入場する。
↑観覧車やジェットコースターも会場内にあるみたいだ。
入り口では、荷物チェックのゲートがある。
大きなバックパックを持っていた僕は、警備員に止められた。
何が入っているかを聞かれたので、「Clothes」と答えると、「そうか」と言われ、中身のチェックもだいぶ簡単に終わった。
よし、入れた。
目に入ってきた会場の様子がこちらだ。
インド人だらけ!
当たり前だ。ここはインドである。
そして、既にお気づきの方がいるかもしれないが、ラクダがいた。
↑ラクダで公園内を周遊するインド人の子供
まず、お腹を満たすために、手軽な食事を見つけて購入した。
30ルピーだったと記憶している。
↑揚げた生地にカレーが挟まっている。
完全に冷めきっていたが、減ったお腹にはおいしい。
ただ、もう少し食べたいなあと思い、散策を続ける。
と、インドっぽい食事を発見。
僕は海外に行く時は、その土地ならではの食事を取ろうと決めていた。
(今はそう思っていない。それは、この後起きる事件と、『サピエンス全史』を呼んでそう思った。『サピエンス全史』については、また別の記事で書きたい。)
↑屋台が集まっている場所の様子
とにかく、当時の僕を魅了したのがこちら。
このナンのようなものは、その場で揚げてくれるから、油だらけ。
今この記事を書いていても吐き気がする。
↑なぜか屋台の内側に食事席があるから、こんな写真が撮れた。
値段は60ルピー。
安い。
フォークとかないから、右手で食べる。
汚い手で食べるのは心配だが、郷に入ったら郷に従う。
オレンジ色の漬物的somethingが非常に不味かった。
それ以外は美味しかった。
その後、すこしだけ公園を鑑賞した。
↑アートな噴水
↑奥が、アトラクションコーナーっぽい。壊れないか心配である。
そして、公園を後にして、自然史博物館に向かう。
↑非常に薄暗い室内
入り口を探したが入り口らしい場所がなかなか見つからない。
やっと見つけた入り口は、中が真っ暗で職員用の出入り口なのではないかと思うほど。
中に人がいたので、話を聞くと、停電中と言われた。
そうか、そういえば、さっき停電したのは、このエリア全体なのか。
そして、停電中なので受け付けていないらしい。
それはしょうがない。
僕はあきらめた。
そしたら次にどこへ行こうかと目的地を決める。
ここにくるまでにずいぶん中心部のセクター17に近づいていたので、セクター17へ歩いて向かうことにした。
セクター17とは、チャンディーガルの中心地であり、商業施設やバスターミナルなどが立地している。
場所としては、この地図を参照してほしい。
ちなみに地図上で一番上にある、"HIGH COURT"と書いてある場所がキャピトルコンプレックスのあるセクター1だ。
歩きながら発見したのは、標識看板の面白さだ。
セクターの数字で表される。
余談だが、アラビア数字は、アラビア人が作ったものではない。インド発祥の文字である。インドを襲ったアラビア人が持ち帰り、全世界に広まったからアラビア数字と呼ばれている。サピエンス全史に書いてあった。
↑セクター17に着いた。
セクター17の建物は、全部この形式である。窓のサッシのリズムがコルビュジェっぽい。
↑一階のピロティ部分
↑ブロックの内部は、ほとんど歩行者専用の空間である。
このオープンスペースも巨大である。が、ちゃんとインド人がいる。
↑クリケットをやっている集団。日本ならサッカーか野球をやるのが相場であるが、ここはインドである。クリケットって、どのくらいの広さが必要なのだろうか、と疑問を持った。
↑アートな噴水。枯れている。
奥に見えるのは、チャンディーガルの公立図書館。
↑オープンスオペースのほか、駐車場が広い。
↑建物内部の中庭。
↑GLには、有名なブランドやチェーン店などが入っている。
↑日陰に集まる住民
↑屋台、露天がたくさんある。これが、オープンスペースに人を呼ぶのに大きく効果があるのだろう。日本人であったら、こんな巨大なオープンスペースはきっと使いこなせない。
↑リノベーションされた建物が一部ある。まるで、日本の団地のリノベーションだ。
↑露天
↑南側に歩いて行くと、建物が変わった。レンガ仕上げになっている。そして、壁一面に大きなアートがある。どことなく、キャピトルコンプレクッスのオープンハンドモニュメントに似ている。
↑ブランド店と対比的な露天。ふたつが共存している。
靴磨きをする人が集まっている。
SANAAっぽさある。
セクター17は、さすが中心地。とても賑わっていた。
特に、屋台や露天などの屋外空間を使う人がいることで、客も屋外空間を利用する。そうして、屋外空間はインド人でいっぱいであったのが非常に印象的だった。
ここまで、歩きっぱなしである。
疲れたが、まだ15時くらいだった。
電車は18時すぎに出発なので、もう一施設くらいなら観光できそうだ。
ル・コルビュジェセンター/Le Corbusier Centreか、コルビュジェのいとこのピエール・ジャンヌレが設計したガンディー・バワン/The Gandhi Bhawanか迷う。
とりあえず、バスターミナルがあるので、そこへ行って考えることにした。
が、バスターミナルに着いたところで、バスがどこへ行くのか全然わからない。
そこで、近くにいたオートリキシャの男たちと交渉することにした。
ここは、バスターミナルなので、オートリキシャの男たちがたくさんいる。
もちろん、オークション形式で交渉を進めようとしたが、なぜか男たち全然乗ってこない。
全員が友達のように、全員同じ値段を吹っかけてくる。
なぜだ……。
そうか、バスターミナルだから、客はたくさんいるからか……。
嫌気がさして、その場を離れる。
その場から離れることだけしか考えていなかったから、適当な方向に歩き出してしまった。そうなると、ガンディー・バワンの方向なので、そこに決めた。実際に建築を見にいくほうがいいだろうと。
青年は、お金をケチり、チャンディーガルを歩く。コルビュジェが都市計画したまちを歩くと考えれば、なんと贅沢なことだろう。貴重な経験である。しかし一方で、体力は限界に来ていた。果たして、青年は無事たどり着き、電車の時間に間に合うのであろうか。