ゆるろぐ -Urbanisme Log-

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都市生活屋のブログ

道東ろぐ10 〜大震災下の小さな戦い〜

 その発音はどこか不気味さを感じさせた。

 

さて、困った。

ぼくの夏休みをどうしてくれる!と言い放つ元気も出ないほどに感情は無。

自分の不運さに耐えきれなかったのか、どういうわけか口元がにやけた。

 

この時点では、いつ停電が解消されるのかは全く分かっていなかった。

1日も経てば解消されるだろうくらいに思っていた。

 

とりあえず、摩周駅まで行きたい。

摩周駅は交通機関が集まっている。そこで停電解消を待っていれば、JRでもバスでも乗って次の地点にいける。

 

ただ、摩周駅に行っても、停電が続くようであれば、泊まるホテルもない。

もし、阿寒湖に留まれば、最悪バスセンターでもう一泊すればいい。

 

そんなことで、色々な想定をして迷っていると、バスセンターの表に釧路空港行きのマイクロバスが来たとの情報が入る。

 

一人2500円で行くとのことだった。

空港行きはもうこれが最後かもしれない、と運転手のおじさんは言っていた。

このまま空港に行って乗れる便を探して帰るのもありかもなあなんて考えたけど、もう少し待ちたい。復活する電力を。ぼくの夏休みを。

 

一旦、バスセンターの建物内に戻る。

すると、どこかへ行きたいとバスセンターの係員に詰め寄る中国人がいた。

もはやタクシーも呼べない状況なので、係員も困っていた。

 

その中国人のおじさんは、対応しかねている係員に呆れて、建物の前に停まる釧路空港行きのマイクロバスの運転手にどこへ行くのか尋ねに行った。

中国人のおじさんがどこに行きたいかを聞いたバスの運転手は、「1台だけならタクシーを呼べるぞ」と言った。

 

2人の会話を聞いてると、どうやらこのおじさんは摩周駅に行きたいらしい。 

ぼくと一緒だ。

チャンスだと思うやいなや、おじさんに話しかけて、一緒に行こうか迷っていることを伝える。摩周駅まではここから3人で1万円で行けると言われた。

 

 この中国人のおじさんは、台湾から観光で来ていた。友達と来ているようだが、このおじさんは日本語が少し話せる。

 

中国人のおじさんは、摩周駅からは車をチャーターしているようで、そこまで確実に行きたいらしく、結局タクシーを呼ぶことに決めた。

 

マイクロバスの運転手はタクシーを呼んで、そのまま釧路空港へ向けて出発してしまった。ばたついていた建物の前は、少し静かになった。タクシーを待つため、僕らは一度バスセンターの中へ戻る。

 

しばらくすると、外から野外アナウンスが聞こえてきたので、その場にいた全員と建物の外に出た。

ものすごい聞き取りにくい、ゆっくりとした低音が響く。

きっとそれは録音された一音一音を組み合わせたアナウンスで、その発音はどこか不気味さを感じさせた。

 

「ゲンザイフッキュウサギョウヲジッシチュウトノコトデスガ、フッキュウジコクハミテーデアリマス。」

 

復旧時刻未定…。

オワッタ。

 

このまま摩周駅に行っても、きっとどこへも動けない。

せめて、釧路空港に近い阿寒湖に留まったほうがいい。

そう考えて、中国人のおじさんに摩周駅に行くのをやめることを伝えた。

すると、おじさんもやめることにする、と言った。

あの場での咄嗟の判断を迫られたのだから、しょうがない。

 

その後、タクシーの運転手が到着する。

中国人のおじさんが行かないことを伝えると、タクシーの運ちゃんは怒鳴り始める。

正直あの短い時間で判断しないといけなかったから、判断を誤るのは無理もない。一方で、こんな時に無駄足で阿寒湖まで来たことを怒る気持ちもわからなくない。

しかし、この運ちゃんめちゃくちゃ怒る、怒る、怒る。想定以上に怒っている。

すると困った中国人のおじさんは、ぼくが断ったことをチクる。ぼくにも責任があるので、これはしょうがない。

中国人のおじさんはぼくを道連れにしたが、僕のせいにするわけでもなくタクシーの運ちゃんに対してしっかり戦いを続ける。

 大震災が起きたというこの状況下で、なんで呼び間違えたお客をここまで怒るのか理解できないほどに、タクシーのうんちゃんはしつこく怒ってきた。とりあえず、阿寒湖まできた料金を払うまではどこへも行かないと主張する。

中国人のおじさんは、途中から「ニホンゴワカリマセン」という振りをして逃げ切りを図るが、こうなるとターゲットはぼくになる。

ぼくは、あくまで行くか迷っていることを中国人のおじさんに伝えたまでで、タクシーを呼ぶのを決めたのは中国人のおじさんだ。

確かにタクシーの運ちゃんには、申し訳ない状況だが、震災下の中でどうして無力な観光客にここまで金を求めるのか、この時の僕は理解できなかった(今でも理解できない。このような状況下では判断を誤ることだってしょうがない。)

とってもしつこいタクシーの運ちゃんとの戦いに無駄に労力を消耗するのはこれ以上よくないというところで、中国人のおじさんは突然日本語を話し始め、「分かった、払う」と告げた。

料金を3で割って、ぼくも払った。

はー、なんと恥ずかしい。日本人。

本当にひどい人だとぼくは思いました。

 

戦いに疲れ果て、青年はバスセンターのベンチで作戦を練り直すこととした。