ゆるろぐ -Urbanisme Log-

建築、都市を学び、生業とするわたしのことだま。

インドろぐ25【最終回】 〜パスポート紛失ろぐ8、無事に日本へ帰国〜

当たり前がこんなにも幸せに感じることはそうそうない。

 

帰りの飛行機は、3列の真ん中。

 

下痢と吐き気を抱えた僕は、トイレに行きにくいので心配だったが、これを耐えれば日本の空気を吸えるということだけでいけそうな気がしていた。

 

機内食は、残念ながら一切食べることはできない。

食べてしまって、嘔吐や下痢が増幅したらと考えると、美味しそうなご飯も手が出なくなる。

 

寝付くまでは、映画を見た。

 

優雅だ。

いまだに信じられない。

インドから出られるなんて。

 

映画を見たのは、行きの飛行機ぶりである。

あの時の僕は、期待に胸を膨らませて、綺麗な格好で、心に余裕を持っていた。

今の自分は、あの時の自分には全く想像できない結果だ。

インドの1週間がこんなにも過酷な旅になるなんて。

人生とは素晴らしい。

 

きっと、僕は臭いだろう。

隣の席の人には本当に申し訳ないが、どうしようもないから、何食わぬ顔で座っていた。

 

そのうち眠りの世界へ落ちた。

 

朝起きると、機内食のサービスがやってくる。

ヨーグルトと果物がついているので、それだけでも食べたいと思った。

CAの人に、体調を崩していることを伝え、ヨーグルトと果物だけ欲しいこと、ただ、トレイからヨーグルトと果物だけ別に取り出すのが面倒であるならば、トレイごともらうことを伝えた。

 

料理は、日本食インドカレーの2つのメニューであった。

人気なのはもちろん日本食インドカレーが余るのだろう。

 

僕の要望を聞いたCAの人は、悪気もなく、インドカレーの方のトレイを出してきた。

 

ヨーグルトと果物しか食べないと言っても、目の前にカレーがある状態は非常にまずい。

吐き気が増幅する。

トレイが渡されると、すぐにカレーだけ返還した。

CAの人は、その早さに何事かと驚いただろう。

 

理解される必要はない。

空の上を飛んでいる間だけの関係だ。

 

なんだかんだで日本の空港の上空まできた。

僕は、吐き気がマックスまできたので、席を立ちトイレに行く。

そこで吐いた。

スッキリして、着陸に備えた。

 

飛行機は無事に着陸した。

 

日本に着いた。

生きて帰れてよかった、それだけ。

 

入国前に念のため検疫に寄った。

検疫の場所に、職員のお兄さんが立っている。

下痢になったこと、今でも嘔吐をしていることを伝える。

 

一体どんな検査をされるのだろうか、と思っていた。

検査して欲しかった。

 

現実はこうだ。

「旅行者下痢ですね。インド帰りの人は多いですから。こちらのチラシを見てゆっくり休んでください。」

 

全く検査されなかった。

インド旅行者にはよくある症状なのだろう。

ちょっぴり悲しかった。

 

そして、入国審査へ。

パスポートを所有している人とは違うところで、帰国のための渡航書を渡す。

すぐに確認され、入国できた。

 

あっさり。

 

荷物受取場を素通りする。

 

おうちに帰ろう、いますぐに。

 

成田空港からは、バスが安いことは知っていた。

少し急ぎすぎて、乗るバスを間違え、新宿行きのリムジンバスのチケットを買ってしまった。

www.limousinebus.co.jp

最後までダメダメだった。

 

乗ろうと思っていた安いバスはこちら。

東京駅まで1000円でいける。

accessnarita.jp

 

そんなこんなで帰宅できた。

 

シャワーを浴び、すぐにベッドで寝る。

 

自分の部屋のベッド、当たり前がこんなにも幸せに感じることはそうそうないだろう。

 

 

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これにて、僕のインドひとり旅の記事「インドろぐ」はおしまいである。

 

目覚めてからのお話を簡単に書くと、こんな感じだ。

家族からはものすごい怒られた。

3月の予定は、白紙になった(インドに行って人生が変わったとはこのこと)。

胃腸の病院に行ったら、ウイルス性胃腸炎と診断された。

おかゆと梅干しが心に沁みた。

3日間はベッドに横になって安静にしていた。

自分の部屋にいることができるだけで十分だった。

今回の旅で用いた服やバックパック、肩掛けカバンは全て処分した。

これからは、少しだけ新しい人生になる。

そのくらいの衝撃だったからだ。

 

パスポート紛失時の対処方法などはまた別記事でまとめたいと思っている。

 

ここまで読んでくださった方、感謝申し上げる。