道東ろぐ5 〜嵐の夜に、刺青のおじさんと風呂に入る〜
なんだか遠いところまで来たなあと改めて思う。
飛行機が欠航になると、ゲートで待っていた客は一度集められ、係員に誘導されて到着ロビーへと一列で向かうことになる。
ちょうど今朝見た到着ロビーの風景をまた見ることとなるとは。
空いているベンチに座り、これからのことを考える。
明日の便にすることも可能かもしれないが、台風21号は明日の朝札幌に直撃する。
そう考えると、明日まで待って乗れないというのは、非常に悲しい。
新幹線で行くという手段もあるが、今から出発すると、釧路に着くのは0時前。向こうについてただ寝るだけになる。
以上を鑑みると、最適解として夜行バスが浮上した。
夜行バスなんて、もうずいぶん乗っていない。
学部の卒業論文で山形に通っていた時以来かもしれない。
社会人にまでなって、夜行バスという選択をする人はなかなかいないかもしれない。
貧乏旅癖がまだ体に染みついているぼくにとっては、当然の選択肢。
コストと時間を考えて、夜行バスに決めた。
予約していたゲストハウスに電話して、行けなくなった旨を伝えるとあっさり承諾される。もちろんキャンセル料は免除してくれた。
夜行バスは、札幌駅を23時頃出発の予定なので、それまで札幌駅周辺を再び観光することにした。
本日3回目のエアポート急行に乗り込み札幌へ。
ずいぶん暗くなってきた。
札幌駅の南側を歩くことにした。
南側は、北側に比べるとずいぶん賑わっていた。
↑南口駅前広場。博多駅のそれと近しい。
夜ご飯に回転寿しを食べようと思い、その店まで南下していく。
↑東京駅前のような並木道と赤煉瓦の建物。
↑有名な札幌テレビ塔
もう朝から歩き疲れたぼくは、まっすぐ回転寿し屋を目指した。
↑回転寿しぱさーる。地元の人行きつけの安い回転寿し、とグーグル先生が言っていた。
↑赤身。プリプリで濃厚。もう東京の安い居酒屋の刺身は食べられないだろう。
こうして幸せな寿司を食べ終えたあと、まだ時間があるので、夜行バスに備える買い物をして、銭湯で体を洗うことにした。
銭湯を検索すると札幌駅周辺にいくつかヒットする。綺麗な銭湯から汚い銭湯まで様々だが、昭和ながらの銭湯へ行くことにした。
↑闇夜に浮かび上がる七福湯。怪しく光る看板と薄暗い室内。
入浴料は440円。東京の銭湯より20円安い。
雨がしとしとと降り出していた。
番台のおばちゃんにお金を払って男湯へ。
脱衣所には、二人のおじさんが裸でソファに座り、スマホをいじっている。
ロッカーは小さい。二つ使って、大きな荷物を収納した。
脱衣所自体狭いので、おじさん二人と距離も近く、なんとなく居心地が悪い。
すぐに風呂場へ。
シャンプーやリンスは置いていない。仕方なく、お湯で流して洗った。
浴槽は3つもあり、一つは水風呂。サウナもある。
浴場から脱衣所を見ると、脱衣所のテレビが浴場に顔を向けている。
音声は、テレビとは別の場所にあるスピーカーから流れている。
スピーカーから流れ出る音声以上の大きさで風呂場を流れるお湯の音で、テレビの音声はほとんど聞こえない。
明石家さんまと彼を囲む多くのゲストの笑い声は、かろうじて小さく聞こえる。話している内容は全くわからない。
湯船に浸かる。
いつも家のリビングで見ていた番組だったからか、なんだか遠いところまで来たなあと改めて思う。
ああ、今は一人だ、と。
ここ最近、銭湯に行く時は、交互浴をするようにしていたから、ここでもしてみる。
ただ、七福湯の水風呂は冷たすぎた。そこは北海道水準なのか。
やはり遠いところまで来たようだ。
ゆっくりした後、浴場を出て脱衣所へ。入る前にいた二人のおじさんは、まだソファでスマホをいじっている。聞きなれない単語を交わしていたから、ソーシャルゲームでもやっていたのだろう。盛り上がったり、静まったり。
着替えていると、親子連れが入ってくる。お父さんと子供二人。ソファに座っていたおじさんが慣れた口で子供と会話する。常連さんのようだ。銭湯が地域のコミュニティスペースになっていた。
脱衣所の人数も増えたので、早く着替えて、荷物を整理する。
すると、一人のおじさんが入ってくる。
腕には、バスケット選手が試合中にしている汗を吸い取るカバーのような何かをつけている。
それを脱ぐと、緑と黒の混ざった皮膚が見えた。刺青だった。
思わず目を逸らした。絡まれたら、釧路行けねー。
おじさんはTシャツを脱ぐ。
好奇心に負けて、横目でおじさんを見る。
横目でも確認できるくらいの刺青が全身を埋め尽くす。
はー、札幌。
本当に遠いところまで来た。
急に、この銭湯にいることが怖くなって、すぐに脱衣所を出て、玄関のソファに座る。
別に、刺青している人全員が悪い人じゃないのは分かっている。
外で降る雨の音がさっきよりも強くなっていた。
夜行バスに備えて、スマートフォンの充電をさせてもらう。
ハサミを借りて、先ほど買ったサンダルのタグを切る。
テレビからは、台風21号を実況するアナウンサーの高鳴る声が聞こえてきた。
台風21号、とんでもない速度で北上していて、深夜には、台風の暴風を表す円が札幌を捉えていた。
少しくつろいだ後、銭湯をあとにする。
雨は、銭湯に入る前より弱くなっていた。
まだもう少し時間があったので、札幌駅の地下道に見つけたふかふかの椅子に座り、しばし仮眠をとる。
↑椅子からの風景。徐々に電気が消えていく。
時間通りにバスは来て、夜行バスに乗り込む。
3列シートの夜行バス。快適だ。
バスに吹き付ける雨風の音は、不安にさせるだけの大きさだった。
それでも、歩き疲れた青年はぐっすり眠った。